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光のチカラ/旅のチカラ

BSの『旅のチカラ』という番組で照明デザイナー東海林弘靖さんの特番があった。

『番組の内容と感想』

東海林さんは、伊東豊雄建築の照明デザインも幾つか手掛ける人。
そんな最先端を走る照明デザイナーが、パフアニューギニアの山奥行き、
人工の照明があまりない地で何を思うか。
灯りの原点を探る。
蛍の作り出す、神秘的な光に出会う。
という番組だった。


パフアニューギニアのコンビニの照度は日本のそれの13分の1。
日本の照明は明る過ぎるという。
明るい事が良い事か?
明るい事が幸せか?
この考えを一度改めて再構築したいと、東海林さんは語る。

いよいよ電気を使わない暮らしを体験すべくニューハノーバー島へ。
その島で120人が暮らすマガム村。
家の天井を見ても、照明はあるわけない。ランプの生活。

島の伝統的な住居は開口部が小さく、強い日差しを制御している。
施工の荒いのか、建築的な狙いかはわからないが、
壁と屋根の隙間から差し込む光は、昼間にも関わらずなんとも幻想的な間接照明となっている。

村の人は語る。
『夕暮れ時の印象な光がある。
 夕日。
 いつも違う。
 毎日違う。
 予期せぬおだやか変化が見るたびにある。』

村の人はこうも語る。
 『夜が迫ると村にはランプが灯り始める。
  一つのランプに家族が集まる。それを囲む。
  いつも家族がそばにいる。
  それはごくあたり前のこと。
  満月の夜は、外が明るく、村全体でそれを楽しみ夜更かしする。』

最小限の灯。ランプが1つだけしかなければ、そこに集まるしか無い。
家族の団欒、集合は必然的に生まれる。
空間的に、吹き抜けがどうとか、子供が部屋にこもらないように風通しの良い家にする。。。
だとか。
そんな世界とは別次元の光景が村にはある。
昔は全世界がこうだったのだろう。
一度、贅沢を知ってしまった私達には、程と遠い世界かもしれない。


村の日常生活の的な明かりと言えば、
ヤシの実からとった油を使用するランプがあるだけ。
その原料になる油作りは家族全員参加の大仕事。
スイッチ1つでつく照明とは、まるで違う。ありがたみが違う。
ヤシの実40個から作る油。
この油で家族が一週間生活の灯りと団欒を手に入れる。

村には蛍の木と呼ばれる木がある。
それは、蛍が集まる木。
蛍の木。
それは、まるで自然のクリスマスイルミネーション。

バッテリーがないとカメラが動かない様に、蛍の木が無いと彼らは生きていけないと彼らは言う。
光の目的は何か。
蛍が生み出す光とそれを大事に受け止める人々の関係。
光のチカラを信じる人々の強い思い。

東海林さんから村の人への質問で
 「簡潔に言えば、照明とはあなた達にとってなんですか?」

村の人は答える。
 「村の家に明かりがあると安心する。そこに命がある。
  消えていると、心配で飛んていく。」

灯りとは、命の証である。』という。
電気のない地での照明の意味は、命の灯り。
シンボルとしての命の灯りを灯す。
その言葉は重い。

電気の照明の発達に伴い忘れたものがあるのではにか。
本来の灯りと人間の関係は見失われているのかもしれない。
灯りは命の証。
この根源的ともいえる表現。
灯りと人間の関係を再発見、再認識できるような良い旅番組でした。

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